部下が困っていると、つい「いいよ、やっておくよ」と仕事を引き取ってしまう。
忙しそうな部下を気遣い、「何かあったら、いつでも相談してね」と声をかける。
期待どおりに仕事をしてくれても、「できて当たり前」と考え、感謝を伝え忘れる。
どれも、悪意から生まれた行動ではありません。むしろ、部下を助けたい、チームをうまく回したいという善意から出てくる行動です。
ところが、こうした言動が積み重なると、部下が自分で考える機会を奪ったり、相談をためらわせたり、貢献が認められていないと感じさせたりすることがあります。
では、部下の主体性を引き出すために、リーダーは何を変えればよいのでしょうか。
上林周平さんが書かれた『部下の心を動かすリーダーがやっていること』から学んだのは、人を動かそうとする前に、その人の考え方や価値観を理解することが大切だということです。
この記事では、本書から得た学びをもとに、次の4つの視点で考えます。
- 部下のやる気を奪う、上司の3つの行動
- 共感が生まれる関係と、私が「推せる職場」と呼ぶ職場の姿
- 主体性を引き出す心理的な条件
- メンバーの本音や意見を引き出す具体的な方法
部下が思うように動いてくれないと悩むリーダーにこそ、読んでほしい内容です。
1.部下のやる気を奪う、上司の3つの行動
部下のやる気を高めようとすると、新しい目標を設定したり、評価制度を見直したり、研修を実施したりすることを考えがちです。
しかし、その前に見直したいのが、日常の何気ない言動です。
本書で印象に残ったのは、部下のやる気をなくす行動として、次の3つが挙げられていることでした。
①「いいよ、やっておくよ」と仕事を引き取る
部下が仕事で困っているとき、上司が代わりに対応すれば、その場の問題は早く解決します。
自分でやったほうが早い。失敗されると困る。部下に余計な負担をかけたくない。
そんな気持ちから、つい仕事を引き取ってしまうこともあるでしょう。
しかし、これが常態化すると、部下が自分で考え、工夫し、試行錯誤する機会が減ってしまいます。
上司が仕事を引き取るたびに、部下は「自分で考えなくても、最後は上司が何とかしてくれる」と学習するかもしれません。上司の側も、仕事が集中して忙しくなり、部下の成長を支援する余裕を失っていきます。
では、どうすればよいのでしょうか。
部下が困っていたら、すぐに答えを出すのではなく、まず状況を尋ねてみます。
「どこで困っているの?」
「自分では、どう進めようと考えている?」
「何を手伝えば、先に進められそう?」
こうした問いかけなら、部下の考える機会を残しながら、必要な支援を提供できます。
もちろん、緊急性が高い仕事や重大なリスクがある場面では、上司が引き取る判断も必要です。問題なのは、毎回、反射的に仕事を引き取ってしまうことです。
部下を助けることと、部下に代わって仕事をすることは違います。
上司の役割は、部下が困らないようにすべてを取り除くことではありません。困難に直面したとき、自分で考え、乗り越える力を身につけられるように支えることです。
②「いつでも相談してね」と言う
「何かあったら、いつでも相談してね」
部下を気遣う、よい言葉です。しかし、この言葉を伝えただけで、部下は本音を話せるようになるでしょうか。
上司が忙しそうにしていれば、部下は声をかけるのをためらいます。「こんなことを聞いたら能力がないと思われるのではないか」「自分で解決できない人だと思われたくない」と不安を感じることもあります。
上司は相談を歓迎しているつもりでも、部下は相談しにくいと感じている。このすれ違いは、決して珍しくありません。
相談しやすい関係をつくるには、部下から声をかけてくれるのを待つだけでは不十分です。
たとえば、定期的な1対1の対話の時間を設けて、上司から尋ねてみます。
「最近、仕事でやりにくいと感じることはない?」
「今の仕事で、もっと挑戦してみたいことはある?」
「私の関わり方で、変えたほうがよいことはある?」
そして、部下が話し始めたら、すぐに解決策を提示したり、正しさを判断したりせず、まずは最後まで聞きます。
「そう感じていたんだね」
「そう考えた理由を、もう少し聞かせて」
こうした反応を積み重ねることで、部下は自分の考えを話しても大丈夫だと感じやすくなります。
大切なのは、相談の場を設けることだけではありません。相談した結果、頭ごなしに否定されたり、話した内容を不利な評価に使われたりしないという信頼を育てることです。
忙しくて1on1の時間を十分に取れない場合でも、毎週10分、仕事の進捗だけでなく本人の困りごとを聞く時間を設けることから始められます。
「いつでも相談してね」という言葉を、実際に相談できる環境とセットにする。それがリーダーに求められる姿勢です。
③ 感謝や褒める言葉を伝えない
部下が仕事を終えると、上司は次の仕事に意識を向けがちです。
期待どおりに働くのは当然。給与を払っているのだから、仕事をするのは当たり前。そう考えていると、感謝や承認を伝える機会が減ってしまいます。
しかし、部下は、自分の努力や工夫が誰かの役に立っているのかを気にしています。
時間をかけて資料を準備しても、何の反応もない。周囲を支えても、誰も気づいてくれない。そんな状態が続けば、「頑張っても意味がない」と感じることもあるでしょう。
そこで意識したいのが、具体的な貢献を言葉にすることです。
「ありがとう」だけでなく、「会議の前に資料を整理してくれたおかげで、議論がスムーズに進んだよ」と伝える。
「よく頑張ったね」だけでなく、「難しい相手にも丁寧に説明してくれたところがよかった」と伝える。
何がよかったのかを具体的に伝えれば、部下は自分のどの行動が評価されたのかを理解できます。
ただし、褒めることを目的化してはいけません。無理に持ち上げたり、誰にでも同じ言葉をかけたりすると、不自然になってしまいます。事実に基づいて、感謝や評価を率直に伝えることが大切です。
この3つに共通しているのは、上司の善意や都合が、部下の感じ方と一致しているとは限らないという点です。
上司が助けているつもりでも、部下は成長の機会を失っていると感じるかもしれません。上司が相談を歓迎していても、部下は遠慮しているかもしれません。上司が感謝しているつもりでも、言葉にしなければ伝わりません。
だからこそ、リーダーは自分の意図だけでなく、相手がどう受け止めているかに目を向ける必要があります。
2.共感が生まれる関係が、「推せる職場」をつくる
では、部下が自ら考え、チームに貢献したいと思える職場は、どのように生まれるのでしょうか。
本書の中心にある考え方の一つが「共感型マネジメント」です。
共感型マネジメントとは、ささいなことからでも、お互いの考え方や価値観を知り、重なり合う部分を見つけていくことです。
ここで重要なのは、共感には2つの方向があるという点です。
- 相手に共感する力: 相手が何を大切にし、何を感じているのかを理解する。
- 自分が共感してもらう力: 自分の考えや価値観を相手に伝え、理解してもらう。
上司が一方的に部下を理解するだけでは、十分ではありません。部下も上司の考えや仕事への思いを理解できれば、互いの距離は縮まります。
たとえば、上司が「この仕事は重要だから、丁寧に取り組んでほしい」と伝えたとします。しかし、理由を説明しなければ、部下には単に細かい指示を増やされたように感じられるかもしれません。
そこで、「この仕事で得られた情報は、次の企画を考えるときの土台になる。だから、目先の作業を終えるだけでなく、気づいたことも共有してほしい」と伝えてみます。
仕事の目的と自分の考えを共有すれば、部下も仕事の意味を理解しやすくなります。
もちろん、考え方がすべて一致する必要はありません。共感とは、意見の違いをなくすことではなく、なぜ相手がそのように考えるのかを理解しようとすることです。
そのために必要なのは、特別な面談だけではありません。日常の会話の中で、少しずつ相手の価値観を知ることです。
「どんな仕事をしているときに充実感がある?」
「今後、身につけたいスキルはある?」
「仕事をするうえで、これだけは大切にしたいと思うことは?」
こうした問いを通じて、相手が何を大切にしているのかが見えてきます。
私が目指したい「推せる職場」
上林周平さんは、共感によってつながり、メンバーが自発的に貢献したくなる職場を「推せる職場」と表現しています。
「推し活」を思い浮かべてみてください。
好きなアーティストが新しい挑戦をすれば応援したくなる。活動の背景を知るほど愛着が増す。ファン同士で喜びを共有すれば、応援する楽しさも広がります。
職場でも、似たような感覚が生まれることがあります。
たとえば、あるプロジェクトでトラブルが起きたとします。普段から互いの考えや得意分野を理解しているチームなら、「誰の責任か」を追及するだけでなく、「どうすれば一緒に立て直せるか」を考えやすくなります。
プロジェクトが成功したときには、自分の成果だけでなく、仲間の工夫や支援も喜べる。誰かが新しい仕事に挑戦するときには、周囲が応援し、必要な情報を提供する。
そこには、単に給料を得るためだけではない、チームの一員として働く喜びがあります。
もちろん、職場は趣味の集まりではありません。成果への責任もあれば、意見の対立もあります。全員が同じ価値観を持つ必要もありません。
それでも、安心して働けること、自分の意見を伝えられること、努力を認めてもらえること、仲間と成長できることがそろえば、「このチームで働きたい」「この仲間と一緒に成果を出したい」という気持ちが生まれます。
企業におけるエンゲージメントも、このような関係を考えるうえで重要な概念です。個人と組織の目指す方向や成長が重なり、お互いに関係を続けたい、貢献したいと思える状態と捉えられます。
エンゲージメントを高めることは、社員に会社への忠誠心を求めることではありません。組織が社員の成長や働きがいを支え、社員も自分の力を発揮して組織に貢献できる。そんな双方に意味のある関係を築くことです。
「推せる職場」とは、働きやすさと働きがいが両立し、メンバーが自然に応援し合える職場なのです。
3.主体性は「持たせる」のではなく、育つ環境をつくる
「もっと主体的に動いてほしい」
リーダーなら、一度はそう考えたことがあるのではないでしょうか。
しかし、「自分で考えて行動しなさい」と伝えるだけで、人は主体的になるわけではありません。
主体性を引き出すには、自分の意思で仕事に関われること、成長を実感できること、仲間とつながっていると感じられることが必要です。
この点を理解するうえで参考になるのが、心理学の「自己決定理論」です。自己決定理論では、動機づけに関わる基本的な心理的欲求として、主に次の3つが挙げられます。
① 自律性:自分で選んでいるという感覚
自分の考えや意思が尊重され、仕事の進め方について一定の選択肢があることです。
すべてを部下の自由に任せる必要はありません。納期や品質、安全面など、守るべき条件はあります。その範囲内で、進め方を工夫する余地をつくりましょう。
「この手順で進めて」と細かく指示する代わりに、「期限と品質を守るために、どのような進め方がよいと思う?」と尋ねてみる。これだけでも、部下が自分の頭で考える機会が生まれます。
② 有能感:やればできる、成長できるという実感
自分の行動が成果につながり、能力を伸ばせているという感覚です。
難しすぎる仕事ばかりでは自信を失い、簡単な仕事ばかりでは成長を感じられません。本人の経験や能力に応じた挑戦の機会と、適切なフィードバックを用意する必要があります。
仕事を任せたら、結果だけでなく、どのような工夫をしたのかにも目を向けてください。成功した点と改善できる点を具体的に伝えることで、次の挑戦につながります。
③ 関係性:誰かとつながり、支え合えているという安心感
自分がチームの一員として受け入れられ、困ったときには相談できるという感覚です。
失敗すれば責められる、意見を言えば否定される。そんな職場では、余計なリスクを避け、指示されたことだけをこなすほうが安全だと考えるようになります。
反対に、困ったときに相談でき、意見の違いがあっても話し合える職場なら、新しい挑戦にも踏み出しやすくなります。
この3つの欲求を満たすことが、主体性を支える土台になります。
心理的所有感が「自分ごと」を生み出す
もう一つ、主体性を考えるうえで参考になるのが「心理的所有感」です。
これは、仕事やチームに対して「自分もその一部を担っている」「自分にとって大切なものだ」と感じる心理です。
たとえば、上司から「この企画書を作って」と指示され、言われたとおりに作業した場合と、自分も企画の方向性を考え、アイデアを出し、改善を重ねた場合とでは、仕事への関わり方が変わります。
後者では、自分の考えや時間が仕事に反映されるため、「この企画を成功させたい」という思いが生まれやすくなります。
心理的所有感を高めるポイントは、次の3つです。
- 統制: 自分の意思で関われている。
- 知識: 仕事や相手について深く理解している。
- 投資: 自分の時間や労力、気持ちを注いできた実感がある。
この3つを、日々のマネジメントに置き換えてみましょう。
まず、部下が仕事の進め方や改善案を考える余地をつくる。次に、仕事の背景や顧客の課題、チームの目標を共有する。そして、部下が自分の工夫を試し、成果につなげる経験を積めるようにする。
こうした積み重ねが、仕事を「上司から与えられたタスク」から「自分もつくり手の一人である仕事」へと変えていきます。
ただし、心理的所有感を高めることは、仕事を際限なく抱え込ませることではありません。「自分の仕事なのだから、何でも自分でやるべきだ」と責任を押しつければ、疲弊を招きます。
自分の意思で関われること、仕事の意味を理解できること、そして貢献を実感できること。この3つを支えるのがリーダーの役割です。
主体性を要求するのではなく、主体性が育つ条件を整える。ここに、共感型マネジメントの本質があります。
4.共感を行動に変える。メンバーの意見を引き出す3つの工夫
相手を理解することが大切だと分かっていても、実際の職場では、何を聞けばよいのか、どうすれば本音を引き出せるのかと悩むことがあります。
そこで、日々の会議や対話に取り入れたい3つの工夫を紹介します。
① 質問を「答えを確認する形」から「考えを引き出す形」に変える
「この案でいいですか?」
この質問では、相手は「はい」か「いいえ」で答えがちです。
一方、「この案をよくするには、どこを変えたらよいと思いますか?」と聞けば、自分の考えを説明する機会が生まれます。
「問題はありませんか?」と尋ねるだけでなく、「実際に進めるとしたら、どこが難しそうですか?」と具体的に聞くのも効果的です。
相手の考えを引き出す質問は、単に多くの意見を集めるための技術ではありません。相手が何を見て、何を心配し、何を大切にしているのかを理解する入口になります。
② 最初に発言する人を意図的に選ぶ
会議で上司や発言力の強い人が最初に意見を述べると、ほかのメンバーがその意見に引きずられることがあります。
自分の考えを持っていても、「上司と違う意見を言ってもよいのだろうか」と迷い、発言を控えてしまう人もいるでしょう。
そこで、会議の冒頭に各自で意見を書き出してもらったり、普段は発言の少ないメンバーから考えを聞いたりする方法があります。
ただし、準備のないまま突然指名すると、かえってプレッシャーを与えることもあります。事前に考える時間を設けるなど、安心して発言できる工夫を組み合わせましょう。
③ 大人数と少人数の対話を組み合わせる
大人数の会議では発言しにくい人も、2人や3人のグループなら話しやすくなることがあります。
まず少人数で意見を出し合い、その後、全体で共有する。あるいは、全員が個人で考えてからグループで話し合う。
こうした進め方なら、声の大きい人の意見だけで会議が進むのを防ぎ、さまざまな視点を集めやすくなります。
会議を進める際には、意見が出たときのリーダーの反応にも注意が必要です。
部下が提案したとき、すぐに「それは難しい」「前にもやったけれどうまくいかなかった」と否定してしまうと、次から意見を出しにくくなります。
すぐに採用できない案であっても、「その案のどこに可能性があると思ったの?」と聞いてみる。実現できない理由があるなら、その理由を説明し、一緒に別の方法を考える。
こうした対応が、安心して意見を出せる関係につながります。
もちろん、共感することは、すべての意見を採用することではありません。最終的な判断や責任はリーダーが担います。大切なのは、意見を出したこと自体を否定せず、判断の理由を共有することです。
メンバーが考えを出し合い、互いの視点を知り、よりよい答えを探せる場をつくる。リーダーは、正解を独占する人ではなく、一緒に成長できる場をつくる人なのです。
まとめ:部下を動かす前に、部下を理解する
上林周平さんが書かれた『部下の心を動かすリーダーがやっていること』から得た学びを、4つのポイントに整理します。
1.善意の行動を見直す。
仕事をすぐに引き取る、相談を待つだけにする、感謝を言葉にしない。何気ない行動が部下の主体性を妨げていないか、振り返ってみましょう。
2.共感を一方通行にしない。
相手を理解するだけでなく、自分の考えや価値観も伝える。お互いの共通点を見つけ、違いについても話し合える関係を育てます。
3.主体性が育つ環境を整える。
自分で選べる余地、成長を実感できる機会、安心して相談できる関係をつくる。部下に主体性を要求する前に、その土台があるかを確認します。
4.意見を出しやすい場をつくる。
質問の仕方を工夫し、発言の順番や話し合いの人数を調整する。リーダーの反応を変えることも、意見を引き出すための大切な一歩です。
マネジメントに、いつでも使える万能の正解はありません。人によって価値観も、得意なことも、仕事に求めるものも異なります。
だからこそ、リーダーは正解を一方的に教えるのではなく、一人ひとりと向き合い、対話を通じて理解を深める必要があります。
AIが情報整理や資料作成を支援できる時代になっても、メンバーの思いを受け止め、互いの信頼を育て、チームの目指す方向を共有する仕事は重要です。AIを活用して効率化できる仕事は効率化し、人間同士の対話に時間を使う。その両立を考えていきたいものです。
最後に、明日からできることを一つだけ選んでみてください。
部下の仕事を代わりに引き取る前に、「どう進めようと考えている?」と聞く。相談を待つだけでなく、自分から声をかける。小さな貢献に、具体的な感謝を伝える。
どれか一つでも、実際に行動に移すことから始めましょう。
部下を動かそうとする前に、部下を理解する。
その小さな変化の積み重ねが、働きやすさと働きがいを両立し、メンバー同士が自然に応援し合える「推せる職場」につながります。
あなたの職場では、メンバーが「このチームのために力を発揮したい」と思える関係が育っているでしょうか。まずは、自分自身の言動を振り返るところから始めてみませんか。