1995年1月17日、阪神・淡路大震災。
あの朝、関西に住む私の人生も、働き方も価値観も一変しました。
当時、神戸はまさに「ダイエー王国」と呼ばれていた頃です。
けれど、震度7の揺れがその日常を一瞬で奪いました。
倒壊した家屋、寸断された道路、混乱する物流。
今のようにスマートフォンもSNSもない時代。
家族や仲間の無事すらすぐには確認できませんでした。
私は当時、関西に本社のある流通業に勤めており、西宮から神戸まで、生存確認のために歩いたことを今でも鮮明に覚えています。
あの時、街全体が無音のように静まり返っていた光景は、一生忘れられません。
震災直後、多くの企業が混乱し、機能を停止する中、東京にいた一人の経営者が真っ先に神戸に戻ってきたことを覚えています。
ダイエー創業者、中内功氏です。
ヘリコプターを飛ばし、被害状況を確認し、自ら現場に立ち、陣頭指揮を執りました。
今振り返れば、それは単なる経営判断ではなく、「お客様のために」「地域のために」という強烈な意志の表れでした。
この行動力こそが、書籍『流通革命は終わらない』に貫かれている中内氏の哲学です。
「お客様第一主義」が生んだ元日営業という革命
阪神・淡路大震災から1年も経たない1995年の11月だったでしょうか。
大手流通業界の労務担当者会議の中で当時の流通業界を揺るがす発言がありました。
ダイエーが「元日営業」を行うと発表したのです。
今でこそ、元日から営業する小売店や商業施設は珍しくなくなりましたが、当時はまだまだ商店街やスーパーが正月休みに入るのが一般的でした。
周囲の商店街とも休業日を協定し、「元日は開けないのが当たり前」という空気がありました。
だからこそ、ダイエーの元日営業という情報を聞いた時、私は正直「そんな無茶な」と思いました。
私のいた会社では大混乱が起きました。
当時は大店法もあり、年間休日等を周囲の商店街と協定を締結していましたから、突然、元日営業をすると言っても、出来るかどうかは判断できない状態だったのです。
「うちも開けるべきか」「協定はどうなるのか」「従業員は集まるのか」と、様々な議論が巻き起こりました。
でも後になって考えれば、それは単なる商売上の一手ではありませんでした。
震災を経て、中内氏は「本当にお客様が必要としているものは何か」を突き詰めたのだと思います。
震災では、日用品も食品も供給が途絶え、地域の人々が不安と不便に苦しみました。
あの経験が、「お客様が必要な時に必要なものを届ける」というダイエーの覚悟をより強固にしたのでしょう。
パーパスという言葉がなかった時代の「信念」
最近ではビジネス界でも「パーパス(存在意義)」という言葉がよく語られます。
けれど、当時の中内功氏は、そんな流行語がなくとも、自然体で「お客様のために」というパーパスを行動に移していました。
『流通革命は終わらない』の中には、こんな言葉があります。
「流通に革命を起こすとは、安くすることでも、便利にすることでも終わらない。それは、お客様の暮らしを豊かにするために、いつも挑み続けることだ。」
「商売とは、ただモノを売ることではない」という中内氏の理念。
震災のような非常事態の中でこそ、その真価が問われました。
元日営業は多くの反発や批判も受けました。
「働き方改革」の文脈で言えば、時代錯誤と思われる側面もあったでしょう。
それでも中内氏は、周囲の声に惑わされることなく、「お客様が望むならやる」という姿勢を貫きました。
結果、初売りに駆けつけたお客様は予想以上に多く、被災地を含め、たくさんの人々の暮らしに小さな安心を取り戻すきっかけになったといいます。
震災が教えてくれた「商売の本質」
阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして近年増えてきた自然災害。
どれだけ技術が進歩しても、「想定外の事態」は私たちの暮らしを脅かします。
そんな時に本当に頼りになるのは、最先端のシステムでも、華やかなマーケティングでもありません。
「お客様のために、何ができるか」を本気で考え、行動する人の覚悟です。
中内功氏が『流通革命は終わらない』で示したのは、まさにその姿勢でした。
安売りだけではない。
営業時間の延長だけでもない。
本質は、「お客様の生活の基盤を支える」という志だったのだと思います。
あの震災の瓦礫の中、黙々と働くダイエーの社員たちの背中を、私は今でもはっきりと思い出せます。
今の時代にこそ必要なもの
コロナ禍で多くの企業が試行錯誤し、災害や不況に備える体制づくりが急務となりました。
働き方もビジネスモデルも、これまでの常識がどんどん塗り替えられています。
でも、本当に大事なことは、どんなに時代が変わっても変わらないのかもしれません。
「お客様のために何ができるのか」
シンプルだけど、決して簡単ではない問いです。
お客様の不安を減らし、生活を支え、希望を届ける。
そのために、どこまで本気になれるか。
流通革命は終わらない。
その言葉の重みを、これからも胸に刻んでいきたいと思います。