私たちは人生の節目で、ふと不安になる瞬間があります。
「今年は厄年だ」
「何か悪いことが起きるのではないか」
そう思うだけで、少し心が重くなる人もいるでしょう。
しかし、
厄年とは本当に“悪いことが起こる年”なのでしょうか。
私は最近、三橋健さんが書かれた
『神様に願い事を叶えてもらう! 厄除け・厄祓い大事典』
という本を読み、その考え方が大きく変わりました。
この本には、日本人が長い歴史の中で培ってきた
「厄」と向き合う知恵が書かれています。
そしてそこには、現代人が忘れかけている
人生を前向きに生きるためのヒントが詰まっていました。
今日はこの本を通して私が心に残ったことを紹介したいと思います。
「厄」とは何なのか
まず、そもそも「厄」とは何なのでしょうか。
本書ではこう説明されています。
「健全な『いのち』をそこなう原因となるようなもの」を一般に『厄』という。
つまり厄とは、
特定の不幸や災難そのものではありません。
人生を生きる中で、
・体調の変化
・精神的な疲れ
・環境の変化
・人間関係のトラブル
といった、
生命や生活のバランスを崩す可能性のあるもの
それらを総称して「厄」と呼んでいるのです。
私たちの人生には、必ず波があります。
順調な時期もあれば、
思うようにいかない時期もあります。
その「揺らぎ」を
昔の人は「厄」という言葉で表現したのかもしれません。
厄年は「迷信」ではなく生活の知恵
現代では、
「厄年なんて迷信だ」
という声もよく聞きます。
しかし本書では、厄年について次のように述べられています。
厄年とは、科学や医学によるものではない。
私たちの先祖が長い生活体験の中から見つけた生活の知恵である。
これはとても興味深い視点です。
たとえば人生には、
体調や環境が大きく変わりやすい時期があります。
仕事の責任が増える
家族構成が変わる
体力が変化する
そうした時期は、
誰にとっても心身のバランスが崩れやすい時期です。
昔の人はそれを経験的に理解し、
「この年齢は注意した方がいい」
という知恵として
厄年という考え方を作ったのです。
つまり厄年とは、
不幸を予言するものではなく
人生を慎重に生きるための警告灯
のようなものなのかもしれません。
厄年は「役年」でもある
さらに本書の中で、私が特に印象に残った言葉があります。
それは、
厄年は「役年」である
という考え方です。
著者はこう語っています。
本来、役目をもらう年。
それが「役年」であり「厄年」である。
これは日本語の面白いところですが、
厄(やく)と役(やく)
同じ読み方をしています。
つまり厄年とは、
「災いの年」ではなく
「役割を与えられる年」
とも解釈できるのです。
たしかに人生を振り返ると、
責任を任されるとき
新しい挑戦をするとき
そこには必ず
不安や困難がついてきます。
しかしその経験こそが、
人を大きく成長させます。
厄年とは、
人生の新しい役目を受け取る時期
なのかもしれません。
氏神様という身近な存在
日本人の信仰には、
とても特徴的なものがあります。
それが氏神様です。
氏神様とは、
自分が住んでいる地域を守る神様のこと。
つまり、
近くの神社に祀られている神様です。
昔の人にとって神様は、
遠い存在ではなく
生活のすぐそばにいる存在でした。
・子どもが生まれたとき
・新しい家に住むとき
・人生の節目を迎えるとき
人々は神社に行き、
手を合わせ、祈りました。
そこには
「地域の神様に見守られている」
という安心感がありました。
現代では忙しい毎日を送る中で
神社に行く機会は減っているかもしれません。
しかし、たまに近くの神社を訪れ
静かに手を合わせるだけでも、
心がすっと落ち着くことがあります。
それはきっと、
日本人の心の奥にある文化なのだと思います。
巡礼という「祓いの旅」
日本には巡礼の文化があります。
その代表例が
四国八十八か所を巡る
お遍路の旅です。
この巡礼について、本書では
「減罪のための旅」
という興味深い解釈が紹介されています。
巡礼とは、
あの世での罪の裁きを
少しでも軽くするために
生きているうちに行う祓い。
つまり
人生を見つめ直すための旅
なのです。
長い道を歩き
自分と向き合い
祈りを重ねる。
その時間は、
忙しい日常では得られない
心の浄化の時間なのかもしれません。
「正直の頭に神宿る」
本書の中で、とても美しい言葉があります。
正直の頭に神宿る
これは日本の古いことわざです。
意味はとてもシンプルです。
正直な人のところには神様が宿る
ということ。
神様が好むのは
・ずる賢い人
・計算高い人
ではありません。
神様が好きなのは
正直な人
なのです。
現代社会では、
要領の良さや効率ばかりが重視されることがあります。
しかし本当に信頼される人は、
・誠実で
・正直で
・真面目に生きる人
ではないでしょうか。
昔の人は、
そうした生き方を
「神様が守ってくれる生き方」
として伝えてきたのです。
「清く正しく美しく生きる」
神道の教えの中に、
とても有名な言葉があります。
清く 正しく 美しく
この三つの言葉です。
これは単なる道徳ではありません。
人生を幸せに生きるための
シンプルな原則です。
・心を清く保つ
・行いを正しくする
・美しい心を持つ
とても簡単そうに聞こえます。
しかし実際に続けるのは
決して簡単ではありません。
だからこそ
神社で祈ること
お祓いをすること
節目で自分を振り返ること
それらが大切なのです。
お祓いの本当の意味
「お祓い」と聞くと、
霊的な儀式のように感じる人もいるかもしれません。
しかし本来のお祓いの意味は、
もっと人間的なものです。
罪を犯したり、
後悔する出来事があったりすると、
人は心に重たいものを抱えます。
その重さを抱えたままでは、
前に進むことができません。
だからこそ
祓う
という行為があるのです。
つまりお祓いとは、
心のリセット
なのです。
人は誰でも失敗します。
しかし、
反省し
祓い
前に進む
それができれば、
人生はまた新しく始めることができます。
人生は一度きり
本書の中には、
とても印象的なメッセージがあります。
人生は一度きり。
だからこそ、
神様に願うだけでなく
自分の生き方も大切にする。
そして
・人と仲良くする
・正直に生きる
・感謝する
そうした生き方の中でこそ
人生の幸せが生まれる。
神社での祈りは、
未来を変える魔法ではなく
自分を見つめ直す時間
なのかもしれません。
厄年は人生を見つめ直すチャンス
厄年と聞くと、
多くの人が
「怖い年」と思います。
しかし本当は違うのかもしれません。
厄年とは、
人生の節目で
・体を大切にする
・人との関係を見直す
・生き方を振り返る
そうしたことを思い出させてくれる
人生のチェックポイントです。
そして
・神社に行き
・手を合わせ
・心を整える
その時間は、
忙しい現代人にとって
とても大切な時間なのかもしれません。
神様は「正直な人」が好き
最後に、この本の中で
私が最も心に残った言葉を紹介します。
神様は、正直な人が大好き。
とてもシンプルです。
しかし、
人生の本質をついている言葉だと思います。
正直に生きること。
それはときに損をするように感じるかもしれません。
しかし長い人生の中では、
誠実な人
真面目な人
嘘をつかない人
そういう人が
一番信頼される人になります。
もしかすると神様とは、
人の心の中にある
良心の象徴
なのかもしれません。
おわりに
厄年とは、
恐れるものではなく
人生を整えるタイミングなのだと思います。
そして厄除けとは、
神様にすべてを任せることではなく
・自分の心を整えること
・正直に生きること
・感謝を忘れないこと
その決意を新たにすることなのかもしれません。
もしあなたが今、
厄年で不安を感じているなら
ぜひ近くの神社に行ってみてください。
静かな境内で手を合わせると、
不思議と心が落ち着くかもしれません。
そしてこう思えるかもしれません。
「今年は人生の役目を受け取る年なのだ」と。
人生は一度きりです。
だからこそ、
清く
正しく
美しく
そして正直に生きていきたいものですね。