「就職氷河期世代は不遇だった」
「社会が彼らを救わなかった」
「だから国は特別枠を設けて支援すべきだ」
ここ数年、メディアやSNSで“就職氷河期世代論”が語られるたび、こうした声が当たり前のように飛び交います。
しかし本当に、その理解は正しいのでしょうか?
海老原嗣生さんの著書『「就職氷河期世代論」のウソ』は、世の中に広がる“通説”に対して強烈な疑問を投げかけます。
そして、これまで誰も触れようとしなかった「問題の本質」を、データと現場の声から解きほぐします。
1. 「氷河期だからかわいそう」は大きな誤解
海老原氏が最初に指摘するのは、「氷河期世代」だけを特別扱いすることの危うさです。
セミナーメモには、こう記されています。
「世代関係なく、生活困窮者や就職困難者は支援すべきだ。なのに『氷河期世代』と区切って予算を投じることが問題なのだ。」
本来、支援が必要なのは
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若年無業者
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中年の非正規
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シングルマザー
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障がい者
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長期失業者
などの“属性ではなく状況”に基づく支援であるべきです。
ところが、「氷河期世代」というラベルは、この構造を見えにくくします。
● 氷河期世代だけが苦しかったのか?
答えは「NO」。
どの世代にも、
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非正規のまま年齢を重ねた人
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低学歴で安定した仕事に就けなかった人
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家庭環境や病気でキャリアが断絶した人
こうした“支援を必要とする人”が一定数います。
つまり「氷河期だから不幸なのではなく、氷河期にも困難を抱えた人がいた」が正しいのです。
2. 氷河期問題の本質は「学歴格差 × 性差」
「氷河期非正規問題を突き詰めれば、性差が学歴差に行きつく。」
つまり、
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男女格差
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学歴格差
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雇用構造の問題
これらが複雑に絡み、結果として“氷河期問題として括られてしまった”のです。
● 大学ランクによる「玉突き現象」
海老原氏は、大学ランクごとの“玉突き”を詳しく説明します。
「ランクごとの玉突きが起こり、『バブル期だったらもっと良いところに入れたのに』というやるせない気持ちが募った。」
就職氷河期の時期、企業は採用人数を激減させました。
その結果、
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A大学が採用枠を維持
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B大学はA大学の人材に押し出される
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C大学はB大学の人が流れ込む
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D・E・F大学は採用からあふれる
という“ドミノ”が発生します。
「氷河期による『1ランクスライド』のドミノは、DEFランク校に壊滅的な打撃を与えた。」
つまり、同じ氷河期世代でも
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大学ランク
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性別
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家庭環境
によって影響は大きく異なり、一括りに「氷河期は不遇だった」と語るのは正確ではないのです。
3. 日本の採用は「新卒一括」ではなく“合流システム”
意外に知られていませんが、日本社会は
「大学卒業後も正社員になれるチャンスがずっとある国」
と指摘されています。
「大学卒業時点で無業、フリーターであっても、その後に正社員になれるチャンスはある。」
アメリカやヨーロッパのように、キャリアの初期で道が決まる“ジョブ型社会”とは違い、日本は
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中途採用
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既卒採用
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第二新卒枠
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未経験採用
といった“やり直しの仕組み”が非常に多い。
だからこそ、氷河期時代にフリーターだったとしても、正社員になる道が閉ざされていたわけではありません。
● ではなぜ“氷河期の不遇”が語られ続けるのか?
それは、前述した“大学ランクの玉突き”が、本人に「本来ならもっと良い会社に入れたのに」という感情を残したからです。
感情と構造が複雑に絡み合い、「氷河期世代はかわいそう」という空気が形成されていったのです。
4. “偽りの氷河期論”が社会にもたらした弊害
海老原氏は、この「偽りの氷河期論」が社会に3つの悪影響を与えたと指摘します。
① 社会の“本当の困窮者”への支援が薄まる
「多世代は捨象してしまうことが、『偽りの氷河期論』の弊害。」
本来は、若者も中年も高齢者も、困っている人はいる。
しかし「氷河期世代を最優先で救え」という議論が増えると、ほかの困窮者が“見えなくなる”のです。
② 感情論によるポジショントークが増える
「私たちは不遇だった」という声が大きくなればなるほど、政策が感情に引っ張られます。
本来あるべき議論
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雇用制度の構造的問題
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学歴格差
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性別によるキャリア分断
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家庭環境による不平等
といったテーマに光が当たりにくくなるのです。
③ 社会全体が“世代対立”に陥る
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若者 vs 氷河期
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氷河期 vs バブル世代
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中年非正規 vs 大卒正社員
という対立構造が生まれ、問題の本質がますます見えなくなってしまいます。
5. 「正社員という階段」が日本の問題を複雑にする
海老原氏は、日本の雇用システムが抱える根本的な矛盾も指摘しています。
「正社員とは、誰もが階段を上ることが前提であり、それが嫌なら非正規しかない、という社会。」
つまり日本は、
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正社員になったら“階段”を登り続ける義務がある
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階段を登れない、登りたくない人は“非正規”になる
という“二者択一型”の社会。
仕事に対する多様な価値観を認めづらい構造であるため、氷河期問題を複雑化させる土壌になっています。
6. 日本に欠けている「ホワイトカラーの実践教育」
海老原氏は長年、一貫して「日本の職業教育」に問題があると指摘しています。
「ホワイトカラー向けの実践教育が日本の公的職業訓練には完全に欠けている。」
ものづくり系の職業訓練は世界的にも評価が高い一方で、
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企画
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マーケティング
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事務
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営業
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ITスキル
といった白領系スキルの体系的な訓練がほとんど整っていない。
そのため、氷河期世代だけでなく、多くの人がキャリアの“積み直し”に苦しんでいるのです。
7. では、どうすればよかったのか?
海老原氏の主張をまとめると、解決策は次の3つに整理できます。
● ① 支援は「世代」ではなく「属性 × 状況」で行う
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非正規歴
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家庭状況
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スキル
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健康
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収入
これらを軸に支援すべきで、「氷河期だから」という理由だけでは政策の精度が下がります。
● ② ホワイトカラーの“実践型学び直し”を整備する
欧州のように、
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40代以降の職業訓練
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実務で使えるスキルの再教育
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企業と職業訓練校の連携
を充実させる。
● ③ 「階段を登り続ける正社員像」を見直す
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メンバーシップ型
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ジョブ型
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ライト正社員
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無期雇用パート
など、多様なキャリアの選択肢を認める雇用制度が必要です。
8. 私たちは“通説”に騙されていないか
「就職氷河期世代はかわいそう」
この言葉は強い。しかし、その強さゆえに、多くの構造的問題を隠してしまいます。
海老原氏は、
「感情論ではなく事実で議論すべき」
と訴えています。
たしかに氷河期世代が就職で苦労したのは事実です。しかしその背景には
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大学ランク
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性別
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家庭背景
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雇用制度
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教育政策の不備
といった、より本質的な問題がある。
これらを無視して「氷河期だけが特別」という空気を作ってしまうと、社会全体の解決につながらないのです。
まとめ:必要なのは“世代論”ではなく“構造論”
『「就職氷河期世代論」のウソ』が伝えるメッセージは明確です。
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支援すべきは“特定の世代”ではなく、“困っている人すべて”
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氷河期問題の本質は“学歴格差 × 性差 × 雇用制度”
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正社員の階段構造と職業教育の欠如が問題を複雑化させた
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感情論より、事実と構造で議論することが必要
つまり、私たちが向き合うべきは
❌「氷河期だからかわいそう」
ではなく
✔「なぜ困窮者が生まれるのか(構造の問題)」
です。
✔「そして必要な支援とは(支援の問題)」
氷河期という“物語”の枠を外して見たとき、日本社会の本当の課題が浮かび上がってきます。