「定年を迎えたら、何をすればいいのだろう?」
「会社を離れた自分には、どんな価値が残るのか?」
こうした不安を抱く人は多いはずです。
しかし、髙橋秀美さんの『定年入門 イキイキしなくちゃダメですか』(ポプラ新書)は、そんな「定年後の焦り」に対して、ユーモアを交えながら新しい視点を与えてくれる一冊です。
この本が教えてくれるのは、「定年」とは制度ではなく“風習”であり、むしろ人生の自由を取り戻すタイミングだということ。
本記事ではその考え方をもとに、「定年」という概念を見直し、会社に頼らない生き方のヒントを探っていきます。
1. 「定年」は制度ではなく、もはや“風習”である
著者の髙橋秀美氏は、「定年」は法的な仕組みというより、長い年月を経て日本社会に根づいた“風習”に過ぎないと指摘します。
たしかに、多くの企業では60歳定年制が当たり前のように存在しますが、それは国が義務づけたわけではなく、社会全体の“慣習”として続いてきたにすぎません。
つまり、「定年」という言葉には、“区切り”というよりも「みんなそうしているからそうする」という日本的な同調意識が強く反映されているのです。
2. 「自分がいなくても会社は困らない」
定年の心得として、著者はこう語ります。
「自分がいなくても会社は困らない」
この一言には、ビジネス社会で長年働いてきた人ほど、ハッとさせられるものがあります。
多くの人が「自分がいなければ仕事が回らない」と思い込んでいますが、実際には会社はあなたがいなくても動き続ける。
この現実を受け入れることは寂しさではなく、むしろ 「新しい自分の時間を取り戻す第一歩」 なのです。
3. 日本人はなぜ「隠居」に年齢制限を設けたのか
興味深いのは、著者が「隠居」という日本の伝統に注目している点です。
かつて日本では、年齢に関係なく若いうちから隠居する人もいました。
しかし、それを認めてしまうと「安逸の風」、つまり“楽して生きよう”という風潮が広まると考えられたため、あえて「満60歳」という年齢制限を設けたといいます。
この歴史的背景からも、「定年」は社会秩序を保つための“抑止装置”であったことがわかります。
しかし現代においては、働き方も生き方も多様化しており、もはや「一律の区切り」は時代に合わなくなっています。
4. 人生の楽しみは「見出す力」にある
髙橋氏は次のようにも語ります。
「人生の楽しみとは与えられるものではなく、自ら見出すもの、見出す能力のことなのだろう」
会社に定年はありますが、「道楽者には定年がない」。
これは、 人生を楽しむ力は制度に左右されない という意味でもあります。
定年後の生活を豊かにするには、誰かに与えられる「やりがい」や「役割」を待つのではなく、自分で楽しみを創り出す姿勢が必要です。
たとえば、
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趣味を仕事にする
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地域活動に参加する
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学び直し(リスキリング)に挑戦する
こうした小さな選択が、「定年後=退屈」という固定観念を壊してくれるのです。
5. 「会社」とはもともと“仲間”の意味だった
著者は、言葉の起源にも注目しています。
「会社」という言葉は、もともと江戸時代後期に作られた和製漢語で、当初は「society」や「club」の翻訳語でした。
つまり、当時の「会社」とは “仲間(ナカマ)”の集まり だったのです。
現代では、「会社」は生きるための場所、収入を得る場所と化していますが、本来は 人がつながり、互いに助け合う共同体 だったわけです。
この原点に立ち返れば、定年後も「会社員」という枠を超えて、新しい“仲間”を見つける生き方が見えてきます。
6. 「出世」とは本来“俗世を離れる”ことだった
意外なことに、「出世」という言葉ももともとは仏教用語でした。
「出家」、つまり俗世間を離れて修行の道に入ることを「出世」と呼んでいたのです。
ところが、現代では「出世」は“世に出る”“地位を上げる”という真逆の意味で使われるようになりました。
つまり、かつての日本人にとって「出世」は「世間から離れて自由になること」だったのです。
そう考えると、定年とは“もう一度、出世する”タイミング なのかもしれません。
7. 「定年」は人生の再スタート
髙橋氏は、定年を「終わり」ではなく「始まり」として捉えます。
社会の中での役割から解放され、ようやく自分自身の時間を取り戻せる。
その自由をどう使うかこそが、定年後の幸福を左右します。
定年を迎えたときに必要なのは、「焦らず、比べず、面白がる」姿勢。
他人の理想的な老後像に縛られるのではなく、自分の価値観で生きることが、最もイキイキした“定年ライフ”なのです。
8. 会社よりも「社会」よりも、「自分の時間」へ
現代では、「会社員」や「社会人」といった肩書きで自分を定義する人が多いですが、髙橋氏はこれに疑問を投げかけます。
本来、人生の主役は“会社”でも“社会”でもなく“自分”です。
会社の中で果たした役割から離れたときこそ、自分の本当の価値を見つけるチャンスなのです。
まとめ:定年に「イキイキ」しなくてもいい
『定年入門』のタイトルにある「イキイキしなくちゃダメですか?」という問いには、著者の皮肉が込められています。
「定年後はイキイキ生きなければならない」
「第二の人生を充実させなければならない」
そんな社会の同調圧力に疲れている人にこそ、本書のメッセージは響きます。
定年後の生き方に「正解」はありません。
焦らず、比べず、ゆっくりと「自分の楽しみ」を見つければいい。
会社に定年はあっても、人生に定年はない のです。