■ バブル崩壊とともにやってきた「成果主義」という名の改革
昨年、1989年12月29日に記録した3万8,915円を、実に34年ぶりに更新。ニュースを見て、「あの頃」を思い出した方も多いのではないでしょうか。
私も当時は大学生で、経済や株の話なんてどこか遠い世界の出来事。でも、社会人になってからその影響をまざまざと体感することになります。
バブルが弾けた1990年代、企業の業績は悪化。年功序列・終身雇用という日本型雇用は見直しを迫られました。そこで「改革の切り札」として登場したのが、成果主義です。
「年齢に関係なく、成果を出した人を正当に評価する」──聞こえは良い。けれど、果たしてそれは本当に機能したのか?
■ 成果主義導入の急先鋒だった富士通
成果主義の象徴的な企業の一つが、あの富士通です。
当時、富士通の経営陣はシリコンバレーを視察し、猛烈に働くアメリカのエンジニアたちに衝撃を受けたと言われています。彼らはなぜ、そこまで成果を上げているのか?──答えは「成果主義」だと理解し、それを丸ごと導入することを決めたのです。
「働いた分だけ報われる」
「年功ではなく実力で評価される」
そんな理想を掲げた成果主義。しかし、実際の現場では、その理想が現実と噛み合っていなかったことが、富士通の元社員・城繁幸氏の著書『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊』によって暴かれています。
■ 現場を知らずに制度を導入する恐ろしさ
この本を読んで驚かされるのは、制度が「現場を見ずに上から降ってきた」という点です。
たとえばこんなエピソードがあります。
・評価指標が曖昧で、上司の主観に左右される
・「成果」を出しても、上司に好かれていないと評価されない
・同僚と協力し合うよりも、自分の成果を優先する文化が蔓延した
つまり、組織としての一体感や協力関係が崩れたのです。
また、評価の結果が給与や昇進に直結するため、社員たちは上司に気に入られることを最優先に考えるようになります。結果として、「社内政治」が横行し、現場の士気は下がっていったのです。
■ どこかで聞いた話じゃないか?
これを読んで、「今のジョブ型雇用と似てるな…」と感じた人も多いのではないでしょうか。
実際、今の日本企業は再び大きな人事制度の転換点に立たされています。
キーワードは「ジョブ型雇用」「コンピテンシー評価」「役割主義」。
でも思い出してください。
成果主義が導入された90年代も、同じように「これが正解だ!」というムードがありました。けれど、その結末はどうだったか? うまく機能した例はむしろ稀で、多くの企業がその副作用に苦しんだのです。
なのに、私たちは再び「制度だけで何かが変わる」と信じようとしている──そんな気がしてなりません。
■ 制度は魔法の杖ではない
制度はあくまで「手段」であって「目的」ではありません。
企業の文化やビジョン、社員の価値観に合っていなければ、どんなに立派な制度も機能しないのです。
成果主義もジョブ型も、「うまく運用すれば効果がある制度」ではあります。
けれど、それは導入前に徹底した検証と設計、現場との対話があってこそ機能するのです。
「他社がやっているから」
「コンサルに勧められたから」
「海外では主流だから」
そんな理由で導入してしまった企業が、次に何を失うか──それは、社員の信頼であり、やる気であり、組織の一体感です。
■ 成果主義の失敗は「人」を見なかったこと
城氏の著書が鋭く指摘しているのは、「成果主義は人間を合理化しすぎた」という点です。
人はロボットではありません。感情もあるし、家庭の事情もある。長い目で見れば、一時的な成果よりも、誠実に仕事を積み重ねる人のほうが組織を支えることもある。
しかし成果主義は、それを見ようとしなかった。
数字だけで人を評価し、人間関係や協力といった「見えない力」を切り捨ててしまったのです。
■ 「人事制度に振り回される企業」から脱却しよう
私はこの本を、2000年代前半に大企業グループの子会社に勤めていた頃、上司に勧められて読みました。
当時ちょうど、成果主義を見直して「役割主義」へとシフトする議論が始まった時期です。
思い返すと、私の職場もまさに「制度迷走中」でした。
成果主義→役割主義→コンピテンシー評価→ジョブ型…
制度が変わるたびに研修が行われ、評価基準が変わり、戸惑いが現場に広がりました。
どの制度にも良い面はあります。でも、制度に振り回され、形骸化し、社員の納得感を失っていく組織は本当に多い。
■ 最後に:制度を導入する前に「自社の目的」を問い直せ
今、再び日本企業は制度改革の波に飲み込まれています。
けれど、私たちに必要なのは新しい制度ではなく、「なぜそれをやるのか?」という本質的な問いではないでしょうか。
成果主義の失敗を繰り返さないために。
ジョブ型雇用を形だけ導入しないために。
まずは一度立ち止まり、この本を手に取ってみてください。
「制度は人を幸せにするためにある」という当たり前のことを、私たちは忘れてはいけないのです。