ひっくり返らない正義とは何か|やなせたかしの人生に学びます!

「正義」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。
強いヒーロー、悪を倒す力、拍手喝采を浴びる存在。

けれど、アンパンマンの作者・やなせたかしが生涯をかけて問い続けた正義は、
それらとはまったく違う場所にあった。

梯久美子さんの『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』を読むと、
アンパンマンという存在が、単なる子ども向けキャラクターではなく、
痛みと飢えと喪失を生き抜いた一人の人間の思想の結晶であることが見えてくる。

この本に通底するのは、
「正義とは何か」
「人はどう生きるべきか」
という、決して古びることのない問いだ。

楽天性は、生まれつきではない

やなせたかしは、決して恵まれた人生を歩んできた人ではない。
幼い頃に父を亡くし、生みの母とも別れ、戦争を経験し、弟を戦場で失った。
貧しさ、孤独、理不尽。
人生の前半は、むしろ不運の連続だったと言っていい。

それでも彼は、どこか飄々としていた。

本書を読んで印象に残るのは、
楽天性は生まれつきの性格ではなく、他人との関わりの中で育てていくものだ
という視点だ。

やなせは、人に救われ続けた。
編集者、仲間、妻・暢さん。
誰かがそばにいて、声をかけ、信じてくれた。
その積み重ねが、彼の心を少しずつ前向きにした。

楽天性とは、
「根拠のないポジティブさ」ではない。
人との関係の中で、“それでも生きていい”と思えるようになる力なのだ。

ある日を境に逆転する正義は、本当の正義ではない

戦争という極限状況で、やなせは「正義」が簡単に裏返る現実を目の当たりにする。

昨日まで正しいとされたことが、
今日は罪になる。
立場が変われば、善と悪が入れ替わる。

この体験が、彼の中に深い疑問を残した。
そんな簡単にひっくり返るものを、正義と呼んでいいのだろうか。

この疑問は、のちにアンパンマンの思想の核になる。

敵を倒して終わり、ではない。
勝った側が正義になる世界への、静かな否定。
やなせは、力による正義を信用しなかった。

ひっくり返らない正義があるとすれば

やなせがたどり着いた答えは、驚くほど素朴だ。

ひっくり返らない正義がこの世にあるとすれば、それは
おなかがすいている人に食べ物を分けることではないだろうか

国が違っても、
時代が変わっても、
思想が対立しても。

飢えている人を助けることが、間違いになる世界はない。

だからアンパンマンは、戦わない。
相手を打ち倒すより先に、
自分の顔をちぎって差し出す。

それは決して派手でも、かっこよくもない。
でも、確実に命をつなぐ行為だ。

正義は、必ず自分を傷つける

本書の中でも、とりわけ胸に刺さる言葉がある。

ほんとうの正義というものは、
けっしてかっこいいものではないし、
そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです

正義とは、自己犠牲を伴う。
楽な道ではない。
称賛も保証されない。

アンパンマンが自分の顔を差し出すたび、
力が弱まり、空も飛べなくなるように。

正義とは、誰かのために、自分が傷つく覚悟を引き受けることなのだ。

これは、現代においてますます重い言葉だ。
正義を語る声は多い。
けれど、自分が傷つく覚悟まで背負っている人は、どれほどいるだろうか。

正義の超人が戦うべき相手

やなせは、空想の悪役よりも、
現実の問題にこそ目を向けていた。

物価高
公害
飢え
貧困

彼にとって、正義の超人が戦うべき相手は、
抽象的な「悪」ではなく、
人を苦しめる現実そのものだった。

だからアンパンマンの世界には、
完全に倒されるべき悪はいない。
いるのは、困っている存在と、助ける行為だけだ。

かっこいい人生より、誠実な人生を

やなせたかしは、遅咲きの作家だった。
彼は、
「誰もが認めるすばらしい作品を世に出すこと」
よりも、

身近な人に親身に接し、
地道に仕事をし、
与えられた命を誠実に生きること

を大切にした。

これは、結果よりも態度を選んだ人生だ。
成功よりも、生き方を優先した人生だ。

私たちは、どんな正義を選ぶのか

SNSでは、毎日のように「正義」が飛び交っている。
誰かを断罪し、
誰かを排除し、
誰かを黙らせる。

けれど、やなせたかしの正義は、
声高に叫ばない。
誰かを叩かない。
ただ、困っている人に手を差し出す。

それは目立たない。
評価されにくい。
時には、損をする。

それでも、ひっくり返らない。

おわりに:アンパンマンは、私たち自身かもしれない

アンパンマンは、無敵のヒーローではない。
すぐ弱るし、助けを必要とする。
それでも、誰かのために顔を差し出す。

やなせたかしが描いたのは、
完璧な正義の象徴ではなく、
迷いながらも手を差し出す“人間”の姿
だった。

私たちは、世界を救えない。
でも、目の前の誰かにパンを分けることはできる。

ひっくり返らない正義は、
いつも、そんな小さな行為の中にある。

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